白犬塚の森にひっそりと建つ洋館、地元からは幽霊屋敷と呼ばれる久遠寺邸。
そこの居間に蒼崎青子と久遠寺有珠はいた。
「悪かったわね有珠、客間まで借りちゃって」
「別に良いわ。静希君から珍しい頼みだったから、で」
「ああ、鳶丸ならよく寝てるわ。あの分なら二日は目を覚まさないわね、まあ学校も明日から連休だし問題無いし」
「そう、彼の家には連絡は入れたの?」
言外に面倒はごめんだと言っている。
「それも抜かりないわ。だけどあいつの親も薄情ね。連休中はここに泊まる旨を伝えたら特に事情も聞かずにあっさりしたもんよ」
青子の愚痴に近い報告に有珠は一つ頷いただけだった。
「だけど珍しい事もあったわね。あいつが魔術関連で頼みがあるなんて」
「ええ、珍しいと言うよりも初めてじゃないかしら」
それは今から一月前、草十郎が晃志郎と本当の意味で再会した日。
帰宅するなり草十郎はまだ居間にいた青子、有珠に頼み込んだのだ。
『しばらくの間有珠のプロイを借りたい』と。
突然の申し出に面食らった二人だったが、再起動を果たすや草十郎を問い詰め始める。
何故そんな事を頼むのかと。
当然の話だ。
魔術師が一般人に自身の手の内とも言える使い魔を渡すなど正気の沙汰ではない。
ましてや自分の物に対する執着心を持つ有珠を知る者からしてみれば、草十郎の頼みはその場で殺されても文句は言えない暴言。
だが、それでも理由を聞こうとしたのは短いながらも濃密な間柄ゆえか、草十郎の人徳のなせるわざか。
それはともかく、理由を尋ねられた草十郎は短いがはっきりと言い切った。
『近い内に鳶丸が殺されるかもしれない』と。
思わぬ言葉に言葉を忘れる二人だが、再度我に返るとどう言う事なのか問いかけた。
それに対して草十郎はと言えばほとんどの事は口を噤んだが、今日鳶丸が案内した転入生が鳶丸を殺すかもしれないとだけ告げ、もしも本当にそれが起こったら包み隠さず全て話す、その一点張りだった。
普通ならそんな胡散臭い話信じる筈もないのだが・・・草十郎を知り尽くす彼女達は草十郎が自分達を意味もなく騙す奴でない事は分かりきっている。
またこれほど真摯に頼みごとをする草十郎が珍しかったのだろう、渋々だったが最終的には草十郎の頼みを是とした。
最も借りたのは攻撃能力が皆無の椋鳥(ロビン含む)達だけであったのだが。
そしてその日から椋鳥達を使い、鳶丸の動向を調査していた。
この日、晃志郎の歓迎会に青子が参加したのも芳助のお目付け役と言うのは建前に過ぎず、本当の目的は鳶丸を間近で監視する為に他ならない。
そしてロビンからの報告で鳶丸と晃志郎が二人だけで会おうとしている事を察知した青子達は強硬手段(内容に関しては、彼女達の名誉の為あえて伏す)をもって鳶丸の身柄を確保、鳶丸に扮したロビンが晃志郎の元に向かい、その後の事は承知の通りである。
そうこうしている内に玄関のドアが開く音が二人の耳に届く。
「ただいま」
そう言って入ってきた草十郎はどう言う訳か左腕を全く動かす事無く右腕で押さえている。
「?ちょっと草十郎どうしたのよ?」
そんな仕草に不審を抱いたのか青子が草十郎の左腕に触れる。
「っ・・・」
かすかに漏れる呻き声と左腕の感触に青子は確信を抱く。
「ちょっと!あんた腕折れてない!」
「うん多分」
「多分じゃないでしょうが!何落ち着き払っているのよ!添え木になりそうなの探してくるから少し待ってなさい!」
とだけ言って居間を飛び出す。
おそらく地下室か自分の工房で引っ掻き回してでも探し出すのだろう。
現におよそ五分後、髪も息も乱しながら添え木になりそうな木材を数本見つけ出したのだから。
それから器用にも残された右腕と口を使い青子が持ってきた木材を全て使い、布きれでぐるぐる巻きにし、簡易であるが応急措置を取る。
「で、あんたなんで腕を折ったのよ?」
険しい視線で青子が草十郎に詰問する。
見れば有珠も似た視線で草十郎に声なき非難を浴びせている。
「えっと・・・一応ロビンからは・・・」
「もちろん聞いているわ。だけど手刀で人体を斬り裂いたとか言っていたけど、それしか言わないのよ」
「そう言う事、私達が知りたいのはもっと詳しい情報、わかる?」
彼女達の本性を知らなければ異性、同性問わず見惚れする様な笑顔を浮かべて。
そして当然だが、彼女達を良くも悪くも知り尽くした草十郎は見惚れる事はせず、むしろやや青ざめた表情で
「えっと・・・どうしても話さないといけない事か?」
そんな質問に当然と言わんばかりの表情で頷く有珠と
「あら草十郎?あんた確か、事が起こったら洗いざらい話すって言っていなかったかしら?」
見る人が見れば恐怖で背筋が凍てつきそうになるほど見事な笑顔で返答を返す青子がいた。
それを言われると痛い所がある。
実際それを言ったのは他ならぬ自分の口なのだ。
それを無い事に出来るような図太い神経など、草十郎は持ち合わせてはいない。
「・・・言っても」
「つまらないかどうかは私や有珠が決めるわ。あんたは洗いざらい話せばいいのわかる?」
結局その言葉にぐうの根も出ない程の完敗を喫したのだった。
一通りの話を聞き終えて難しい表情をしている青子と有珠。
対して草十郎は諦めと納得の入り混じった微妙な表情で二人を見つめていた。
話したところで理解するとは思えなかったのだが、
「なるほどね」
青子はそう言って草十郎の話を信じた。
「えっと・・・蒼崎俺が言うのもなんだけど信じるのか?」
「信じる以前に納得したのよ、草十郎。だからあんたあの時ベオを倒せたんだって」
確かに普通ならば信じられる話ではない。
青子と有珠ですら前もってみた現実・・・草十郎が人狼を倒したを見ていなければ、いくら自分達もまた常識の埒外に生きる魔術師であっても、この話を信じなかっただろう。
だが、一度だけとは言え草十郎は自分達でさえ手も足も出なかった人狼を目の前で打破している。
どんな荒唐無稽な話であっても、目の前で起きた事実を否定する様な思考は二人共持ち合わせていない。
「とにかく!私も有珠もあんたの話を事実と信じているそれで十分じゃないの!」
「まあ、確かにそうだけど」
「そう言う事。話を進めるわよ、それで、あの・・・葉月だったっけ?あいつの・・・あんたが言う所の芸、それってなんなの?」
「ああ・・・『鉈』と呼ばれている。その名が示すように葉月の手は鉈になっている」
(そうっすよー!マイ天使、あいつ自分の身体を手刀でバッサリ斬り捨てたっすよ!!何度も言っているのに何で信じてくれなかったんすかー!)
いつの間にかそこにいたロビンが抗議するが、青子も有珠も無視して詳しい説明を求める。
「手が鉈?それって手を改造しているの?鉈を埋め込んだりとか」
「いや、あくまでもその身一つ徒手空拳で仕事をこなすのがあそこのスタンスなんだ。葉月は長い間手刀を極める鍛錬を繰り返し田結果、手刀を鋭利な刃に変えたんだ。だけどその代償として手の皮膚は異常に固くなった。小指に至っては皮膚も筋肉もなくなって骨がむき出しになって骨が刃になっているよ。だから小指は指としてロクに機能していない筈だよ」
「そこまでする?普通」
草十郎の説明に青子は肩をすくめる。
「さっきも言ったけど、俺達は命の価値を考えていけないんだよ。相手であろうとも自分のであろうとも。だから使い捨ての様な事も平気で行えるんだ。全てはたった一度の殺しを遂行するためにね」
「でも・・・静希君はそれに納得は出来なかった」
「そしてあんたは山から追われた」
「ああ、基本中の基本に疑問を持つ道具は不要だから」
自分の事だと言うのに草十郎の言葉はあっさりとしたものだった。
自分の中で決着がついているのか、どうかは不明であるが。
「さて脇道に逸れちゃったけど、そろそろ本題に入りますか。草十郎、あんた明日の夜行くの?その腕で」
「ああ、葉月を止められるのは俺だけだ。俺は友人が殺す殺されるのは見たくないし、友人が死ぬ所も見たくないから」
確かに晃志郎を殺す事無く晃志郎が鳶丸を殺すのを阻止する。
それには草十郎が晃志郎を止めるしかない。
だが、草十郎の左腕が折れている。
幸い綺麗に折れているが、重傷である事に変わりは無い。
本来なら蹴飛ばしてでも直ぐに病院に叩き込んで治療に専念させるべきなのだ。
しかし、それをしても抜け出してでも晃志郎の元に向かうのは目に見えている。
草十郎の性格を知り尽くしている二人は視線だけで意見をまとめ上げる。
「わかったわ、どのみちあんたの事だから這ってでも行くのは目に見えているしね。その代わり」
「終わったら病院に行くんだろ」
「そんなのは当然の事よ、条件にも値しないわ。私達が言いたいのは・・・」
そして翌日、夜。
折しもと言うのか偶然と言うのか満天の満月の光が照らす中、三咲高校旧校舎に続く山道を歩くのは三つの人影。
「なあ蒼崎、有珠、君達までついて来る必要あるのか?」
「何度も言わせないでよね草十郎」
困ったような・・・いや真実困っているのだろう表情で同行者に声をかける草十郎に、じと眼で言い返す青子。
その後ろには有珠が当然の様な表情でついて来る。
前日青子が草十郎に出した条件、それは旧校舎へは自分達もついて行くと言うものだった。
当然だが草十郎は渋い表情をしたのだが、この洋館での力関係を考えれば無駄な抵抗その一言に尽きる。
結局、剛柔の脅迫(草十郎の見方で言えば)ないし説得(青子達の見方で言えば)に折れた草十郎は二人を連れて行く事になった訳である。
「安心しなさい草十郎、あんたの決着には手を出す気は無いわ。こっちは終わったら速攻病院に連行する為の監視となんで鳶丸の奴を狙ったのかそれを聞きたいだけだし」
「聞いても判らないと思うぞ。あくまでも葉月は『鳶丸を殺せ』と指示されてここに来たに過ぎない訳だし。それに監視されなくてもすぐに病院に行くさ。痛みはひかないしだんだん熱っぽくなってきたし」
そう言う草十郎の左腕は改めて添え木でがちがちに固定され一回り太くなっている。
そうこうしている間に視界は開け、満月の光に照らされた旧校舎が一同を出迎える。
そんな三人を更に出迎える声があった。
「あれ?草十郎さん?どうしたんです?こんな夜更けにこんな所へ」
そう言って草十郎に近寄るのは金髪に白いコートの少年。
「ベオじゃないの。どうしたのよこんな所に、いつもならあそこで寝そべっているんじゃないの?」
「それが昨日から見慣れない人が『一日だけ居させてくれ』って転がり込んで来て。いつもなら食べちゃう所だったんだけどなんか臭いが草十郎さんに似ていたから大目に見ているんだけど」
かなり物騒な事を言っているがそれに苦笑する。
「じゃあベオ、今その人中に?」
「そうだけど・・・あっ出て来た」
その言葉に視線を旧校舎に向けるといつの間にか昇降口の段差に腰を下ろす晃志郎の姿がそこにはあった。
その手からは軍手も包帯も取り払われ鋭利な刃となった手をむき出しにしている。
また草十郎にへし折られた右腕には草十郎と同じくがちがちに固定されていた。
ただし固定しているのは添え木ではなく何処から探し出したのか鉄パイプであるが。
「・・・待たせたね葉月」
「いや、丁度と言えば丁度だ。相も変わらず律儀だな。所で静希」
「ん?」
「お前の後ろの・・・うちの生徒会長とその会長とため張れるような良い女・・・誰だ?と言うかなんでここにいる?」
「ああ・・・俺が今住んでいる所の同居人、強引についてきた」
不審がる晃志郎に困ったような表情で真実を告げる草十郎。
「安心しなさい葉月君、あんたと草十郎の一件、私達は手を出す気はないわ。私達の仕事はこれが終わった後この馬鹿を病院に叩き込む事だから」
「・・・なるほどね・・・で静希、そこの二人はもしかしなくても・・・お前のこれか?」
そう言って用をなさない小指だけを立ててにやにや笑いながら草十郎に尋ねる。
それに草十郎よりも後ろが過剰に反応した。
「!!」
いっそ疑ってくれと言わんばかりに露骨な動揺を見せる青子と何を言っているのか判らない有珠。
「・・・ねえ青子、彼何小指だけ立てているの?」
判らないのでとりあえず青子に尋ねる。
「ああ・・・あんたなら判らなくて当然か、あのね小指だけ立てているのは・・・」
そう言って耳打ちする。
そして青子の言葉の意味を理解したのだろう。
「!!!!な、なななな」
頬を茹で上げ、有珠は青子よりも激しく動揺を見せる。
だが、当然だが後ろの動揺などある意味お構いなしである人間もいる。
「・・・えっと葉月、小指だけ立ててどうしたんだ?」
問われた草十郎は心底不思議そうな顔でそう尋ねる。
「・・・」
何ともいえない沈黙が辺りを包む。
「うんうん、やっぱり草十郎さんはこうでなくちゃ」
例外とも言えるベオの嬉しそうな声だけがむなしく響く。
「いや、良い、忘れてくれ。お前にこれが通じると思った俺が馬鹿だった」
そう言って晃志郎は静かに立ち上がる。
それを合図に草十郎が一歩進み出て、青子達から離れる。
晃志郎はそれを確認するや、草十郎目掛けて突撃を開始していた。
これは晃志郎が、いや山で考えられていた草十郎の芸『魔鏡』の対策、草十郎と対峙する時間を可能な限り短くし『魔鏡』に囚われる前に草十郎を仕留める。
いくら先手を取ろうとも『魔鏡』に囚われれば勝ち目はない。
だからこそ速攻での奇襲で一撃のもと草十郎を殺す。
タイミングも完璧、今日相対してからまだ一分弱、まだ囚われていない・・・筈だった。
だが、晃志郎の表情が歪む。
彼を包む空気が、明らかに絡みつくようなそんな感覚に襲われた。
間違いなく、草十郎の『魔鏡』に囚われたあの感覚。
(なんで・・・)
一瞬何故か判らなかった、だが、もう体は止まらない。
自身の最速とも言える速度で接近するや右手の鉈を上段から振り下ろす。
それで勝負がつくかと思われた。
だが、振り下ろす前に草十郎の左腕を捉え・・・正確には振り下ろす前に草十郎が左腕を割り込ませた・・・鉈は、添え木をかち割り左腕を斬るがその腕を断ち切るには至らない。
振り下ろす速度が不十分の為に威力も想定していたものが得られなかったからだ。
それに加えて添え木が威力を殺し、晃志郎の鉈は止められた。
それと同時に草十郎は躊躇いなく反撃に打って出る。
晃志郎の右足の甲を踏みつけ、回転しながら外側にすり抜ける。
それを左腕で受け止めた晃志郎の右腕を捕えたままで。
それにより晃志郎の右腕は草十郎の動きに合わせて間接を極められた形となり、右肩の関節が外れる音を晃志郎は確かに聞いた。
だが、痛みを感じるよりも先に身体は草十郎を追うように動き、まだ健在な左の鉈が無防備な草十郎の首元を狙い定める。
だが、定めようとした時、左の肩口に強い衝撃が走り肩の骨が砕けた。
いつの間にか踏みつけていた足を解き、添え木を打ち捨て、行動の自由を得た草十郎の振り向きざまに放った右の一撃が犯人だった。
その威力に押し負ける様に晃志郎は仰向けに倒れる。
・・・時間にして十秒ほどの攻防だった。
だが、それで事は決まった。
「・・・負けか・・・」
しばし無言で佇む両者だったが静かに晃志郎が口を開く。
器用と言うのか並外れた根性と言うのか上半身の力だけで身体を起こして。
「ったく、やっぱ、お前とやりあうのが無謀だったって事か・・・」
ぼやく様に呟き頭を掻こうとするが両手は思うように動かない。
片や関節を外され、片や肩の骨を砕かれている。
これでまともに動くはずもない。
「だが、甘いと言うべきか・・・殺す事も出来たはずだ。どうしても俺に生きろと言うのか?静希」
「ああ」
浅いとはいえ斬り裂かれた左腕からは血が服を少しずつ汚す中、草十郎は表情を変える事無く短く一言だけそう告げる。
「・・・一つ聞かせろ、俺はお前の『魔鏡』に囚われる前に動いたと思っていた。だが、結果はこのザマ、どうやってあの短い時間の中で俺を絡め取った?」
恨み事と言うよりは心底疑問に思っての事だろう、口調に棘は無い。
「ああ、それか。簡単だよ昨日からずっとお前と合わせていた、それだけさ」
「・・・昨日からだと・・・」
思わず言葉を失う。
あり得ないと思いたかった。
だが、あり得るかと思い直す。
そう思うと笑いがこみ上げてくる。
自分も山の同胞も草十郎を見誤っていた事を改めて自覚しながら。
「はっ、ははは・・・お前がここにいた時点で失敗が決まっていたって事か・・・ま、どちらにしてもこれじゃあもうやれねえか」
そう呟いてから立ち上がると草十郎ではなく後ろの青子、有珠に声をかける。
「会長、それと隣の別嬪さん。同情するよ。お前らとんでもない奴と縁を持っちまったな」
「ご心配なく、こいつが正体不明な奴だっていうのはとっくに判りきって居る事だから」
褒めているのか貶しているのか不明な返事を青子が返す。
「そうか」
そう言ってどこか満足げに頷いた。
「所であんたに一つ聞きたいんだけど、なんで鳶丸を殺そうとしたのよ?」
「そいつに関しては依頼主に聞いてくれ。俺は鉄砲玉よろしくただ『殺せ』と命令されただけだからな。だが安心しろ。もう槻司は殺さねえよ。静希がいるんじゃあ割が合わねえ」
それだけ言うと晃志郎は草十郎達に背を向けて歩き出す。
「葉月」
「・・・静希これで本当の別れだ。もう会う事もねえ・・・いや、縁がまだあれば会えるかもな・・・」
「あると思うよ生きていれば」
相変わらずな草十郎の返答に晃志郎は何も言わず闇に消えて行った。
翌日から晃志郎は姿を消した。
教師の話では家庭の事情で再び引っ越したとの事であるが。
それはそれで話題となったのだが、そんな事をよそに
「で、なんでまたお前腕を折ったんだ?」
「まあ、少し事故にあって」
ギプスでがちがちに固定され吊った状態で登校してきた草十郎にC組のメンバーは興味津々であるが。
あの後、青子達は宣言通り草十郎を病院に連行し手当を行わせた。
腕を折ったのだから重傷だが、それ以外の外傷は左腕の切り傷位で、こちらはさほど重傷ではなかったのでとりあえず入院とまではいかず、傷の手当をした後ギプスで固定ししばらくは通院する事になったが。
そうめったに見れない怪我人によそのクラスからも見物に押し掛け、中にはギプスに落書きを書こうとしている者も現れる。
何でも怪我が早く治る様に願掛けしているそうだが、願掛けと言うよりは都市伝説の類に入るだろう。
だが、そんな事を知る由もない草十郎はそう言うものかとそれも受け入れる。
「おいこらそこの馬鹿共、怪我人を見せ者よろしく曝してんじゃねえよ」
と、そこに当然の様に鳶丸が現れて草十郎を救出する。
「ったく、怪我人を労わるって事知らねえのかねぇあいつら」
追っ手を振り切りいつもの第二生徒会室まで避難すると、呆れたようにため息をつく。
「??鳶丸あれは労わっていたんじゃないのか?」
「んな訳ねえだろ。あれはどう見ても珍しい怪我人を見せ者にしてるだけだろう。お前もそこらへんいい加減学習しろ。そのうち酷い目にあうぞ」
判っているようで判っていない、そんな草十郎に鳶丸はため息をつく。
最も世間になれた草十郎など鳶丸には想像も出来ないし、仮にそうなった時には自分と草十郎との付き合いは終わるだろうなと予感していた。
「それはそうと草十郎」
「??なんだい」
「・・・葉月の奴、なんでまた急に転校したのかね?」
「・・・どうしたんだい急に」
「いやな、あいつおそらくだけどよ俺を殺そうとしてたと思ってな」
「どうしてそんな事を思うんだい?」
「・・・単なる勘って奴だ、おそらく違うだろうから気にするな」
そう言ってその話題はそれっきりとなった。
その鳶丸の予感は正しかったのだが、青子は無論草十郎もそれを口にする事は無く、鳶丸が知る事は一生なかったのは余談である。
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